[8mm]Key.
考察
乾燥している、この部屋は。変に空気清浄機と加湿器のある生活に慣れすぎていたのかもしれない。本来の生物としてのなんらかの機能が劣化しているのかもしれない。
違う…、そうじゃない。逸らすな…!
喉が数回のため息という名の深呼吸を行った後、ようやく思考のエンジンがかかる。
整理しろ
常識の通じない部屋でも、何らかの理はあるはずだ。状況の整理を元に、非常識的な中にある理を導くんだ。
90度右に移動した椅子
移動したジオラマを見る位置
配置の変わらないマテリアとその色
消えていた元の位置のスイッチ
ついていた移動先の位置のスイッチ
変わっていた旗の文字
これらの一部あるいは全てが次の結末を導いた。
変わってしまったムジカ
どれだ、どれが怪しい。
仮定
自らの好奇心とボク、そして何よりムジカのために…
是が非でも検証をしてやる。
椅子の移動、これは要因と言うよりも結果事象として一旦捉えよう。ボタンを押すと瞬間移動する椅子、こんな不思議なことのその先に、さらに何かしらの事象なんてあるはずがない。完全に神のご都合主義への期待をしている。今は仮定を立てるところだ。仮置きでも前に進めて最初の検証へ繰り出さなければいけない。
ジオラマを見る位置、これこそ要因ではないと信じている。頭を何度も動かして視野は多少なりとも変化した。こんな微細な要因で変化するムジカなんてなんとも酷な世界である。後回し、保留。
あたりはつけている。今疑っているのは、スイッチがオンとなっている場所である。どこのスイッチを押されたか、その場所次第でこのような事になったと考えるのが筋である。しかしマテリアの配置を変える事でもムジカは様態を変える。どちらがどうなのか、ここをもう少し詳細に切り分けたい。
切り分け手段、実に簡単である。
腕をまくり検証準備を始めた。
見てるもの
終わっていい。どうせこのままなんだ。
足を弛める人。しかし時折道の先に視線を送り、意識は歩みを進めてるかのようだ。
なぜ行くの?
そりゃあお前さんも感じてるんだろ。
うん、そうなんだけど、理由だけが分からない。でも、行かなきゃ…え?
ボクは頭の中が白くなる。いや、目の前が真っ白だ。おじさんが橋を渡った瞬間に奪われる視界。そしてここはどこなんだ?私ではないのは確かだ、ボクの意識のままだと確信がある。また別世界?
ねぇおじさん?おじさん??
こだますらしない声。誰かに届くのだろうか。この空間に吸い取られるかのような…。
どこに…ここは?
何か、何かが違う。それははっきり分からない。でもここは…
ムジカ…
…ムジカ。
いつもの子。その変わらない様子に一抹の安堵。神のお告げのように、ここがいつものムジカだと確信を得る。変わらない街、変わらない人々、変わらない日常。
何も変わらない。行かなきゃ。
片足を前に出す。それが合図。ボクはそこに向かって歩き出す。
おじさんが渡った橋はどこだ。
私は冷静だ。気が付けば通り過ぎている景色。ボクの感情をよそにムジカを観察している。しかし腰と気が重い。検証結果は想定の外側にあった。
実行
ムジカは検証前と同じ世界だった。旗もNm、つまりNatural minorを示したままであった。何もかも変化はなかった。ただ一つ、世界の切り替わりをボクが体感したことを除いては。
行った検証はこうだ。まず事前の状態としては

- 検証前の状態はNmのムジカ
- 私の目の前のマテリアと窪みは赤紫のヒカリ
- その窪みの裏にあるスイッチはオン状態
- マテリアの配置は、私を十二時として、二時、三時、五時、七時、八時、十時の状態
ここから、私は一つ左隣のボタンを押すことによる検証を行うこととした。しかしそのまま押すと前回椅子のpボタンを押した時と同じ結果になるであろう。別のボタンが押されただけとなるからだ。それでは隣のボタンを押すとして、そのボタンから見えるマテリアの配置を今見えてる配置と同じようにしてみたらどうなるだろうか。私の想像はムジカがまた別の様態へ変わる、である。押したボタンによって世界も変わると仮定しているからだ。

重い腰を椅子から離し、マテリアの移動に取り掛かる。慎重に、とはいえ数十秒もかからない単純作業である。それぞれのマテリアを時計回りに一つずらすだけ、手がしびれる暇も与えない。私は配置の再確認に目を三周させ、先ほどの一つ隣のマテリアの前に立つ。それはやんわりと苔のような色にヒカリを放ち始めていた。
ボタンを押す、世界が変わる、それだけだ。
結果
蓋を開けてみると、状況はやや難解であり、評価に困るものであった。世界の切り替わりがムジカ内では認識され、しかし世界自体は変わらない。
世界が変わったとみるか、変わってないとみるか…
暗転のような世界の切替わり。この件は一旦置いておくとして、私は次のように結論づけた。
ボタンとそこからマテリアの相対距離で世界は決まる。
つまり、この7つのカラーマテリアの配置が重要であり、それがムジカの様子を示す聖なる旗と対応している。
7 Color Materials、7CM
これからこの配置の仕方のことを7CMと呼ぼう。
ボタンからの窪みの数を並べて、私は一つの結論を得た。
0,2,3,5,7,8,10番目はNm、Natural minor の7CM
そして0,2,4,5,7,9,11番目がNM、Natural Major の7CM
平行世界
すっかり日の暮れた外から、まったく反響を伴わない何かが聞こえた気がして、胸に細やかな振動を感じた。