[0mm]The World is Over…
途絶えた。浴びるヒカリはもうない。
私は抜け殻になった。記憶があるようでない。人格があるようでない。身体という名の空虚の器だ。
頭上の倦怠感を押しのけるように身体を起こす。ヒカリのない部屋。窓からは大きな庭とザワつく木々の深緑の項垂れる姿。
お前の番だ
部屋は埃だらけ。何年も人が住んでない部屋なのか。
ここはどこなのか。私の記憶はどこに消えたのか。誰かの器の中でそれは思い出されるのか。それとも私が誰かの器に入り込んでしまったのか。
好きにするがいい
手を置いた机のその先、宝箱のようなものに目をやる。
ヒカ…リ…?ものが見えている?ヒカリがないのに景色も見えている?奪われたヒカリはどこに…ヒカリを奪われるとは??さっきの感覚は…一体なんだ、どういうことだ…?
ザワつきをます木々の声。消えていく雲の島。差し込む光が部屋を照らす。
ジオラマ世界
誰か…誰かいませんか?
目に飛び込むオブジェ。思わず息を飲む。
これは…?ジオラマ?
透明な丸いショーケースの中には精巧に作られた街と自然、いや一つの世界とでも言うべきだろうか。街のみならず、海岸から海、それに山や川や湖まで精巧に作られている。一つ足りないとすれば、それは色だ。
色を奪われたジオラマ、ヒカリがない世界

そっと手を触れて気がつく。ジオラマの周囲を囲むヘリに幾つかの窪み。何かを置くのだろうか。
窪みは…十、十一、…いや十二個。時計盤のようにほぼ均等感覚に掘られているようだ。しかし一つ一つの大きさ・形が異なって見える。それぞれに何かを主張をするかのような陰りや質感を感じるくらいのいびつさである。これは反射のせいなのだろうか。
ムジカはシンリ
ふと手前に目を落とす。一番近い窪み、ひと際目立つなんとも特別感のある様態。まるで自然の摂理を背負うかのようなオーラ。王のみを座らせることを許す王座のような貫禄、ここだけ大きいのではないかと思える特別感。
右斜め方向、直角に右方向、自分を零時とした時の九時あたりだろうか。ここには暗い窪み。しかしこれもまた全てを飲み込むぞと言わんばかりの大きさを感じる。ブラックホールのような吸い込まれるような魔力。
誰が何のために…
考えをめぐらせジオラマを見つめながら周囲を歩く。室内に響く足音をジオラマにぶつけて研ぎ澄ます感覚。裏から見る街並み、精巧な建物と自然、手抜きがないどころではない、空気感というリアルな情景を有している創造物である。このようなものが人に創れるものなのか。
!?
ふと違和感を覚える。変わらない街並み、いや正確には見る角度が変わっているため、見えているものは別である。 別のはずである。
この違和感は…。
手元に視線を落とす。感じる、王座のオーラをこの窪みに感じる。先ほどのくぼみに目を移す。くすんでいる。先ほどのオーラも貫禄も何も無い。
九時はどうだ…?
ここから見る九時の窪み、先程同様にブラックホールを呈している。
どういうことだ…?
ジオラマの周りを移動する中で、窪みは移動をしていない。しかし見ている光景は、先程とまったく同じ光景である。
見る位置を変えても同じように見える窪み…?
7CM
コンポスは神の庭園
何者かに見られているような視線を感じ、一抹の不安が走る。私はジオラマを捉えていてた視線をゆっくり引き離す。否、視線はソレに逆に吸い込まれていた。
…ナナセンチ?
箱に書かれた文字、『7CM』。とてもじゃないがそんな小ささではない。腕に抱えてやっとなくらいのサイズ、中身はわからないがとても持てるような代物に見えない宝箱。宝石をあしらわれたその箱は、誰かの大切なものをしまっているのだろうか。気が付けば視線先行で吸い込まれていく身体。歩みを止めると同時に何気ない気持ちで蓋を開ける。
………球…というか石?
期待への落胆と共に、肩に入っていた力を開放する。なんてことはない、ただの石のような球だ。7cmにしては大きい。10cmくらいだろうか。やはり意味が分からない。こんなたいそうな箱に入れてしまうこの館の主はどのような人物なのか。一般になんら価値を見出せないようものに異様に固執するタイプの人間を想像する。
わっかんない。人の趣味ってわからない。
少しの安堵も手伝って、空中へ吐く些細な言葉にもふふっと笑みが出る。
そうだ、さっきの窪みに飾っておいてあげよう。こんな箱に入れてたんじゃ箱がかわいそうだし、ジオラマを囲う玉石なんてシルエットが素晴らしいじゃないか。
ふっ、ちょっとしたいたずらだ。
1つ、2つ。
全部に置くとか才ないし、無という有形も作ろうかね。ハイセンスな感じに、なんてね。
3つ、4つ、適度な隙間を開けて埋めていく。
って言ってもアシンメトリーがクールかな?ちょっといびつくらいがちょうどいいよね。
5つ、6つ、…。
7つ
カチッ。
…白い視界、何を見ているのだろう。
…赤い音、お腹を持ち下げられた。
…青い匂い、生を感じる。
視界と理解がシンクロしはじめる。光る玉石をまとうジオラマ世界。ヒカリ差し込むジオラマ世界。色のあるジオラマ世界、息を吹き返すジオラマ世界。
…ジオラマ…世界…。
ムジカはお前のセカイだ
私は混乱し始めた。夢だ、まだ夢を見てるんだ。
記憶があるという実感のみで記憶がない
ヒカリを奪われたのに見える景色
どこから見ても同じ様相のレール
ヒカリ出すジオラマ周囲の玉石
息を吹き返すジオラマ世界
…息?…ジオラマ…世界…!?
過呼吸の予兆を感じる。私はそれを腹の底に押しやろうと深呼吸をする。肩に再度ぎこちない無駄な力が入る。私はそこにある椅子に腰を下ろした。いや、私は腰を下ろされた、そこにはいつのまにか椅子がいた。